2022.1.15 TV.Bros 1⽉号 岩井秀⼈連載【ワレワレのモロモロ外伝】『人を信じることとは』

TV Bros.
文=岩井秀人

TV Bros. での岩井秀⼈連載『ワレワレのモロモロ外伝』 1⽉号が公開されました。
こちらでは冒頭部分をお読みいただけます。
記事全文はTV Bros. note版をご購入の上お楽しみください。


先日ついに「追い自転車」をした。

「追い自転車」と書くと、たいていの者は「ひったくり自転車でも追いかけたのか?」などと思うのだろうが、そんなことではない。

ここでいう「追い」とは、「追いがつお」「追いパク」に次ぐ「いいじゃん! もっと来いよ!」と「追加」する意味の「追い」である。つまり、自転車を追加で購入したということだ。

昨年の夏前くらいに電動自転車を購入し都内を走り回り、土砂降りの雨の中、短パンとランニングで「もはや裸」状態になり、恍惚の面持ちで雨上がりと同時に「自転車への愛」に目覚め、その後「電動じゃない自転車」に乗った瞬間に「電動いらないじゃん!」となり、帰京と共にクロスバイクを購入し翌日からの沖縄にも輪行(自転車を袋に入れて運んじゃうこと)し、それからも都内周遊、新宿の事務所から実家である小金井までの往復40キロ他を汗だくでエンジョイしていた。

40代後半になってから、まさかの「自転車おじさん」へと大変身した。自転車の「速い、安い、美味い(楽しい)」三拍子については、いずれ動画などで出したいと思っているが、ここにさらに1台の自転車が追加されたのだ。

岩井の企画「いきなり本読み!」の台本や配役の準備で、若手の俳優を事務所に集めて、台本の下読みを定期的に行っている。そこでは台本の読み合わせ以外に、若手俳優ならではの悩みや、最近の懐事情や、健康についてやお金の話などもしている。その中で、男岩井は「みんなも自転車に乗るべきだ〜!!」と力説している。そして話ついでに自分の自転車に実際に乗ってもらったりしているのだが、なんせクロスバイクのような「走りの爽快感」を感じてもらってナンボなものは、いかに「乗る者の体にフィットしているか」が最重要ポインツとなっている。

男岩井は、平均よりちょびっと背が高いので、女子にもクロスバイクを勧めるとなると、岩井のマイチャリだとサイズ的に無理が出てくる。輝かしい初めてのクロスバイクの思い出が、「足がつかなくて恐ろしかった上に、肛門に激痛!」ではいかん。

「どうすればいい!?」と悩んだ末、「人に勧めるためだけに1台手に入れる」という、我ながら独特だけど的を得た選択をした、と思っている。

そしてフリマサイトで、かれこれ2ヶ月ほどめぼしい車体を探していたのだが、ついに見つかったのだ。150センチ台から170センチの人々がちょうどよく乗れて、「楽しさ」を前面に出したビジュアルのクロスバイクが。

そして出品者のコメントを見ると、「実際に見に来てもらって、『イケる!』って思った人にしか売りたくないです!」という文言。なんというかぐわしいこだわり。好感しかない。京王線を下ること40分ほど、さらに駅から歩いて30分ほどの体育館の前が、「ヤツ」との待ち合わせとなった。

体育館を取り囲む生垣沿いに正面入り口へと向かうと、待ち合わせの時間まで10分ほどあったが、生垣の生い茂った葉の隙間から、自転車を立てて仁王立ちしている人物がいた。

初めての人との待ち合わせである。「時間に早く着いちゃった」とか「モロ待っている」というニュアンスをごまかすため、「自転車は置いておくけど、なんとなく自転車から離れたところで携帯いじってみる」とか、そういうことをするのが大抵の者のやることだと思うが、「ヤツ」は記念撮影でもしてるかのように、「体育館の入り口→ヤツ→自転車」といった具合に一直線になっていた。

笑ってしまった。これほどまでに「ひらいている」人間を目の当たりにしかも一方的に見れることは、なかなかない。

そういえば、それまでにやりとりしたメールも、「待ってます!!!」とか「来てください!!!」とか「何時でも大丈夫です!!」など、「!!」の勢いが止まらない。メール文からこれほどまでにテンションを感じることも、レアである。くれぐれも書いておくが、初対面なのだ。

どう挨拶したものかと思っていたところ、「あっ!」とすぐに気付かれ、挨拶もそこそこに自転車の話へ。「ジャンクの自転車を買って、生きているパーツをあちこちで手に入れて、組み立ててるんです!」と元気に説明してくれる。聞けば、もうすでに20台ほどを組み立てては販売しているそうだ。

しかも、全く利ザヤを出さずに、材料費だけで販売しているらしい。

「もはや、『自分の組み立てた自転車に乗っている人がこの世に増える』ことが嬉しいみたいなことですか?」と聞くと、「そうっすね!」と嬉しそうに頷いた。何だ、この天使は。

こちらもテンションが上がり、「この自転車めっちゃ可愛いですね〜」と述べ、一度乗せてもらうと、何やら違和感が。右のブレーキをつかむと、後輪のブレーキが反応した。ブレーキワイヤーが、左右で逆になっているのだ。じゃっかん突っ込みにくかったが、これからずっと乗る可能性もあるのだからと、勇気を持って尋ねると、「はい! 間違っちゃいました!」とのこと。そうなのだろう。いや、そうでしかない。

え~と、どうしよう、と思っている男岩井をよそに、「工具をお勧めしたいんです!」と、力加減をニュートン表示してくれる工具を見せてくれて、「あとでこれの販売サイトのリンクも送っておきますね!」とのこと。これほどまでに屈託のない人間を私は久しぶりに見た。「この人は、人間が怖くないのか……?」という思いが湧き上がる。それでいて「そうか、そう思っている男岩井は、人間を怖がっているから、こう思っているのだな……」などとも思うのだった。さらにはそう思っている岩井をよそに、変わらず屈託のなさを発揮して工具の説明をしている「ヤツ」を見ていると、嬉しくなってくるのであった。「自転車の手入れの仕方」を記載したワードファイルもくれて、「チェーンを外す工具も差し上げますので、付いてきてもらっていいですか!?」と、歩き出した。

たどり着いたマンションの駐輪場は4区画ほどあったが、そのうちの1区画の様子だけ明らかに違う。タイヤもペダルも付いていないフレームだけの自転車や、整備前のサビだらけの自転車が置いてあり、正にこれが「ヤツ」の「自転車工場」なのだということが一目で分かった。本当に「集めた部品を組み立てては販売」を繰り返しているのだ。これまで取引した相手にも同じように工具を勧め、ワードファイルを与え、工場見学もさせてあげているのだろう。彼の愛が世界を少しずつ明るくしていることは、もはや疑いようがない。

現地での取引となったので、送料が浮くことになるのだが、男岩井は感謝を込め、送料も含めて購入する意思を伝えたのだが、それも嬉しそうに拒否された。本気で原材料だけで販売しようという強い意志が窺える。が、ここに関しては岩井が年の功によって制圧し、なんとか送料込みの初期の値段を支払った。

「わからないこととかあったら、メールください!」と見送られ、そこから1時間半から2時間ほどかけ、新宿の事務所に乗って帰りながら、「人を信じることとは」などということを考えていた。


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