2020.11.13 TV.Bros 11⽉号 岩井秀⼈連載『ワレワレのモロモロ外伝 「Sさんが語った体験談」』
TV Bros.
文=岩井秀人
TV Bros. での岩井秀⼈連載『ワレワレのモロモロ外伝』 11⽉号が公開されました。
こちらでは冒頭部分をお読みいただけます。
記事全文はTV Bros. note版をご購入の上お楽しみください。
長野県上田市の劇場、サントミューゼで製作した映像オムニバス「ワレワレのモロモロ」の中で、結果的に表に出せなかったものがある。
参加者の一人、20代前半のSさんが、実父から性的被害を受けた、という内容のものだ。
これまでの「ワレワレのモロモロ」でも、内容として扱ったことのないものではなかったのだが、この件は少し訳が違った。
Sさんはその一件が起きた頃から、作品化している時まで、その「加害者」とも言える父親と、実家で同居していた。
暴力的だった実の父についてしつこく描き、それを笑いにまでし、なおかつその父自体を演じてきた男岩井としては当然、Sさんが父親を題材にしてその一件を明るみに出すということには、少なからず父親に対して「復讐」というニュアンスが含まれているものだと思っていた。
が、それが違った。
企画のスタート時に彼女が書いてきたテキストには、とても緻密に、その様子が描かれていた。所々に少し冗談のような言い回しがある分、僕は「この書き方なら、彼女はある程度客観的になっている様に思えるし、何より、本人が外に出したいと思っているのだから、やるべきだ」と思い、作品作りに進んだ。他の作品は参加者同士がお互いの作品に出演する形をとっていたが、Sさんの作品に関しては、本人と相談して、Sさん自身が街へ出て、道ゆく人に話しかけ、その一件をありのまま話す様子をそのまま映像作品にするというものだった。
撮影を終えたSさんは、映像素材を僕と一緒に見ながら、「でも父のことは尊敬してるんですよね」と付け加えた。それが引っかかった。
Sさん自身がしっかりと映っているこの映像がネット上にアップされれば当然、上映を待っている人たちにしっかりとSさん自身のことが認識される。そして視聴者の中には長野在住の方も当然いて、さらにその中には、「これは~~さんだ」と、その家族をしっかりと認識できる人もいるだろう。
もちろん、Sさんがこのことを表に出したいということは止めてはいけないと思った。ただ、その影響の強さについては、確認しておいた方がいい。これが出れば、作品内に出てくる「父親」は、社会的には「悪」となる。そこから先に、どこまでのことになるか、想像もつかない。
でも、作品自体、その一件自体を明るみに出すことを止めることはしたくない、という複雑なバランスのことを伝えると、彼女は理解して話を聞いてくれた。
彼女は、「これを作品化し、世に出したい」という気持ちは強くあれど、父親に対して「復讐したい」というような感情は持っていないのだった。
父親に対して復讐したい、父親が社会的にどうなってもいいというのであれば、話は簡単だ。でも、そうでないのであれば、ただ「作品化し、世に出したい」ということで、いつでも、誰でも簡単にアクセスでき、保存もできてしまう場所にそれを放置するのは、とても危険だ。
そこで、ここで、こういった形で掲載することにした。
Sさん自身を特定されない様に、でもSさん自身の「声」でその一件を語ってもらった。音声はこの文章の末尾にリンクを張ってある。
このこと自体には考えさせられたし、いまだに考え中だ。僕にはどうしても、「被害を受け、それを被害だとは認識した上で、加害者を明らかにして表に出す」ということは、「復讐」や「公開裁判」という要素がほとんどを占める様に思えてならない。でも、彼女にとっては、そうではなかった。音声の中にもあった様に、彼女はその一件の最中にも、その後も、父親への愛情や尊敬を失っていない。僕がその感情に欠けているだけなのかもしれない。でも、いくら被害を受けた側が加害者への信頼を失っていなくても、ネット上に出したら、それとは別の断罪が待っている。それは確実だ。
しつこい様だけど、だからといって、一概に「表に出さない方がいい」というのは、とても危険だ。
以前、同じくワレワレのモロモロで、北朝鮮について扱った作品があった。関係者の一人が、「北朝鮮のことを描いた作品を上演して、もし劇場の前に右翼の街宣車とかが来たらどうするんですか!?」と、怒鳴り散らしたことがある。怒鳴った本人は、大きな圧力から我々を守るためだと言っていたが、我々にとっては、いま怒鳴っている人こそが、圧力になっていた。こういった構図は、すぐに起こり得る。Sさんの件も、その作品を表に出した後に起きることを僕が勝手に予測して、結局のところ彼女に圧力をかけて、大事なことを表に出せなくする方向に傾けてしまっては元も子もない。
なんとか、色々なことを避けながら、なるべく余計なものを排除して、そもそもの言葉を届けられればと思っている。
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