2022.9.15 TV.Bros 9⽉号 岩井秀⼈連載【ワレワレのモロモロ外伝】『「阿修羅のごとく」における個人的な結実』

TV Bros.
文=岩井秀人

TV Bros. での岩井秀⼈連載『ワレワレのモロモロ外伝』 9⽉号が公開されました。
こちらでは冒頭部分をお読みいただけます。
記事全文はTV Bros. note版をご購入の上お楽しみください。


ただいま「阿修羅のごとく」の本番がちょうど始まったところであります。

この作品は、いわずと知れた向田邦子さんの代表作の舞台化でございます。皆様、ご存じの方がいるのかいないのかわかりませんが、何を隠そうこの男岩井、かの有名な向田邦子賞を、しかも「初めて書いたテレビ脚本」で受賞いたしまして、さらにいえば、演劇の方の賞の「岸田國士戯曲賞」すらもゲッツしており、この偉業を成し遂げているのは、人類何万年の歴史の中でも、宮藤官九郎、前田司郎、岩井秀人しかいないのであります。村上春樹、ヘミングウェイ、ダーウィン、アインシュタインさえも成し遂げていない偉業なのでございます。

そんな偉業の源である、この向田邦子さんの作品にやがて自分が出演することになろうとは……まさに一瞬も予想だにしなかったことです。

それだけではなく、個人的な「結実」のようなものがいくつか重なっています。

まず、小林聡美さん。男岩井が引きこもり時代に、ますむらひろし「アタゴオル物語」に救われ続けてきたことは全員知ってるよな。そしてあの巨漢の猫が主人公の「アタゴオル」だけでなく、実家に住んでいる猫にも救われ続け、さらには当時、シリーズが全てVHS化されたばかりだった「やっぱり猫が好き」も擦り切れるほど見ていたのでした。

「やっぱり猫が好き」は、三谷幸喜さん脚本(たぶん演出も)による、半分くらい即興の深夜ドラマで、もたいまさこさん、室井滋さん、そして小林聡美さんの三人姉妹が住むマンションを舞台にした一幕もので、毎回、他愛もない事件から3人であーでもないこーでもないとお喋りし続けるようなものでした。一体何に救われたのだろうか。とにかく、軽いのだ。ともすれば重い話にもできそうなエピソードも、長女のもたいさんがいくら深刻でいても、室井さんがずらし、最後に必ず小林さんが無にしていた。無ほどの軽さである。「この世のどれほどの悲劇も、宇宙、お喋り、鼻歌混じりの調子の良さの前では砂の一粒であるのだ」といったメッセージを、当時、社会に出られないでうずくまっていた半泣きの男岩井には、雷が突き刺さり続けるドラマであったのだ。どんな話も小林さんの「乗ってけ乗ってけ乗ってけサーフィン」の前では、その涙を忘れて呆れ笑いをするしかなくなる。そんな「乗ってけヒーリング」によって、小林さんは無自覚に何万人の傷ついた心をまさに「いい加減」に癒していたはずである。絶対そう。

といった、重たすぎる思い入れを懐に現場に入った訳だが、もちろんそういったことを小林さんに直接伝えることはなかった。まだ本番期間残ってるけども。でもきっと、そういう話はしないと思う。稽古前はそういうことを想像もしたけど、実際に稽古場に入って、小林さんと挨拶をし、一緒にアップとか発声とかして、小林さんの稽古を見たり、ケータリングの前でみんなでガヤガヤやってたりしながら、そういった思いを持った人に、「それ、わたしじゃないよ~」と言い続けているようなオーラを感じる訳なのだ。

すでに書いたように、小林さんに救われた人は、めちゃくちゃ多いと思う。ただ、そのことと小林さん自身が生きて、興味があることをして生活している、ということは、もちろん無関係ではないにしても、「おめーさんの身に起きたことなんだよ」という真理に、あっさりとたどり着かせるまでが、「乗ってけヒーリング」の「乗ってけ」たる所以なのである。以上である。果たして読者に何が伝わったのか、甚だ不安ではあるけど、次に行く。

次は、安藤玉恵ちゃんである。

今回の「阿修羅」の俳優たちの中で、小劇場出身者は、僕と玉恵ちゃんのみ。山崎一さんも実は大人計画の旗揚げ公演に出ていたりするが、大先輩すぎるし、時代の違いによって小劇場の意味合いもかなり違う。

玉恵ちゃんとは年齢も近いし、色んな意味で伝説の劇団「ポツドール」での玉恵ちゃんの活躍は見ていたし、それどころじゃなくポツを抜けてからの玉恵ちゃんの「世に出て行きっぷり」は凄まじかった。しかしマスに出ていったからといって、決してそこに迎合することなく、玉恵ちゃんは無限のオリジナル引き出しを開き続け、広がっていった。僕はそれを遥か後方から眺めさせてもらっていた。

我が劇団ハイバイもポツドールに遅れること5年、みたいな感じである程度頑張った。そうね~頑張ったわ~。

あの時代、20年前くらいか。数々の俳優さんが登場して話題をかっさらっていって、そこにまた新たな俳優が登場し、ということが繰り返されていって、気がついたらあの人もあの人も、まさかあいつまでもが、いなくなってしまった。理由はわからない。いなくなったのは僕の方なのかも知れない。

そんな中で全くいなくならなかったのが、安藤玉恵だ。常にやつは第一線で的確におかしな仕事をし続けていた。

そして今回、一緒にやることになって、やはり感慨深かったのだ。この男岩井、もう俳優活動もあんまモチベーションないし、テレビに呼ばれても大抵すぐ死ぬ悪いやつだし、俳優として「自分って大体この辺り」ということもわかったし、ぶどうとか自転車とかも忙しいし、といったタイミングで、小林さん、玉恵ちゃんだったのだ。

小林さん同様、玉恵ちゃんとのようやくの初共演。それはそれは人生の大きなポイントになるような出会い。

って期待してたけど、なんか違った。安藤玉恵。すげー騒がしい。演出家の木野さんの動物性(もちろん知性と愛の下支えがありつつのね)については既に書いたが、出演者陣の中でただ一人、その「木野動物園」に丸裸で叫びながら突っ込んでいくのが、安藤玉恵である。


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