2025.05.23『いきなり本読み!in三越劇場』加藤雅也×中川晃教×桜井玲香×江口直人(どぶろっく)公演レポート

取材・文/丘田ミイ子(X:https://x.com/miikixnecomi
撮影/平岩享

5月23日(金)、東京・三越劇場にて岩井秀人(WARE)プロデュース『いきなり本読み!』が開催された。

「出来上がった作品を見るより、稽古場の方が絶対おもしろい!」

そんな岩井のアイデアから端を発した本シリーズも今年で5年目に突入。今回も加藤雅也、中川晃教、桜井玲香、江口直人(どぶろっく)とジャンルを横断した個性豊かな出演陣が集結した。

事前に配られた台本を、事前に割り当てられた配役で、事前に各々が読み、稽古場で合わせる。そんな舞台作品の通常の「本読み」における前情報と手順をまるっと省き、その場で配られた台本、その場で割り当てられた配役、そして、その場でつけられた演出に応答しながら、文字通り「いきなり本読み」をする。

これが本シリーズの概要ではあるが、ここで真っ先に声を大にして言いたいことがある。

『いきなり本読み!』の醍醐味は、いきなり繰り広げられる本読みをただ堪能するだけはない。本レポートでは、これまで類を見なかった、“創作の出発点と過程”を観客と広く濃く共有するこの試みの、多様な見どころに焦点を当てて詳報したいと思う。

いきなり本読み!は、いきなり(奇跡の)共演である!

「一体どんな化学反応が起こるの?起こってしまうの?!」
毎回、キャストの顔ぶれを見てまず思うことがこれである。

話題のドラマからハリウッド映画に至るまでワールドワイドなキャリアを展開する加藤雅也、乃木坂46初代キャプテンとして活躍したのち、この10年多くの舞台作品でその実力と個性を発揮してきた桜井玲香、シンガーソングライターとして活動する傍ら多数の人気ミュージカル作品で主演を務める中川晃教、そして、お笑い界からはキングオブコント2019王者であり、確かな笑いと歌唱で多くのファンを誇るどぶろっくの江口直人。

今回の出演者も類に漏れず、「この面々の共演と競演を他で、ないしは次に観られる日はそう来ないだろう」と開演前から胸が高まる奇跡の布陣だ。無論、普段は多忙を極めに極める面々である。1日限り、そして、いきなりというこの設えによってこそ、その共演が叶っていることは言うまでもないだろう。

開演時間になると、いきなり本読み!オリジナル法被を身に纏った岩井が現れ、早速出演者がステージ上に呼び込まれた。一人、また一人と増える毎に増していく歓声と拍手が観客の待望の大きさを物語り、「たしかにこれはもうほとんど祭りだ!」と同じく私も高揚する。

上演前のインタビュー動画で「いきなりなのでハプニングもあるかもしれないけど、何よりも楽しむことを第一に参加したい」と意気込みを語った桜井はその言葉通り笑顔で登場、今年で俳優生活36年の大ベテランの加藤は事前に過去の上演映像を見て「本を読むだけでこんな面白いショーになるのか!」と感動し、出演を快諾したと言う。

舞台上に全員が揃うやいなや、開口一番「今の心境は?」と岩井が尋ねると、中川が「興奮して鼻水が…」、江口が「緊張してうまく息ができません!」と思わず本音を漏らす一幕も。

会場が笑いに包まれる和やかな雰囲気の中、早速今宵の台本がそのタイトルは伏せられたまま配られ、配役が告げられる。そうして文字通りいきなり本読みが始まった。

とある奇妙な殺人事件を報道するキャスター、時を同じくして行方不明になった数日後に保護された夫・真治、そんな夫との不和を抱えつつも渋々病院に駆けつける妻・鳴海、真治の様子に不可解さと関心を寄せる主治医・大森。そんな4名の登場人物をそれぞれ江口、桜井、加藤、中川が演じる。

役柄の性別も明かされていないことから、読み進める内に自身の担う役柄が女性であると気づいた加藤がすかさずリカバリーを図り、そんな加藤に呼応するように桜井の本読みにも熱が入り、さらに中川が神妙な声色で夫婦の異変と物語の核心ににじり寄る。

最初こそ探り探りだったものの、感度の高さを武器にたちまちキャスター然としたトーンでニュースを読み上げる江口も素晴らしいのだが、そのダークホースっぷりに、客席からはつい笑いが起きてしまう。しかしながら、これもまた『いきなり本読み!』の妙である。出演者の新たな横顔やギャップが垣間見える喜びは観客にとって実に大きい。

その様子に思わず、「異様な精度の高さ!台本の内容を知らない人とはとても思えない!」と岩井。相次いで客席からも拍手が湧くが、そこで“まとめ”に入っていかないのがこの企画の魅力の一つだ。

次なるミッションは、配役のシャッフル。そう、『いきなり本読み!』は1人1役と固定がされていないのである。つまり、一夜限りの奇跡の共演に加え、異例のダブル、トリプル、クワトロキャストでの上演。そんなことが一度に叶う企画は、おそらくこのステージ上だけだろう。多くの作品に出演してきたキャリア豊かな出演者にとってもまたその貴重さは同じ。

そんな世にも豊かな珍現場を謳歌するかのように、出演者もあの手この手でフレキシブルにいくつもの役柄を彩っていく。

浮気性でどうしようもなかった夫が行方不明事件を経て、人が変わったように優しくなっていく…。出演者の熱演に連動して、物語の展開にもうねりが見られ、客席の没入度もみるみる高まっていく。岩井からも「これは実はどこにでもいる夫婦が壮大な宇宙へと巻き込まれていく話なんですよ」と、いくつかの演出とともに物語の手がかりが提示される。

そんな中、桜井から核心を突いた一言が飛び出す。

「スムーズに進めない方がいいですよね、きっと、もっとぐちゃぐちゃにやってみるのが!」

そんな一言を合図に、まさにドライブがかかったかのように、4名がそれぞれのアプローチで本読みに「遊び」と「挑戦」を加えていく。これぞ『いきなり本読み!』の本領と言わんばかりの技量の交錯、濃密な会話の応酬。1回目を経ての2回目、2回目を経ての3回目では仕上がりも俄然違ってくる。

「このままいくと、早くも仕上がってしまうのでは?」と思い始めた頃、岩井からさらに出演者が増えるという知らせが…。それも一人二人の騒ぎではない。そう、ここからが『いきなり本読み!』の大番狂わせタイム!ズバリ、「お前も本読みシート」の参戦、観客と俳優による、これまた奇跡の共演である。

いきなり本読み!は、観客もいきなりキャストに!?

昨年より新たに導入された「お前も本読みシート」とは、読んで字のごとく、そのシートのチケットを購入した観客が、出演者とともにいきなり本読みに参加するという試みである。

私は過去にも「お前も本読みシート」付き上演を観劇していたこともあり、今回も一つの大きな見どころとして、その時を今か今かと待ちわびていた次第であった。(前回も腹がちぎれるかと思うくらい笑ったのだ!)

前方2列に設けられた「お前も本読みシート」に座った観客はマイクを持ち、台本に「お前」と配役された箇所を1セリフずつ発して、隣へと順に回していく。それも、ちょっとしたシーンで、ちょっとだけ共演する、とかではない。物語のクライマックスに、ガッツリと共演するのだから、「お前」のみなさんも油断は禁物!

今回は日常からSFへと大きく展開する局面、その物語の真相が詳らかになり始めるシーンで「お前」のみなさんの見せ場が設けられていた。

舞台と客席の垣根を越え、出演者と観客が一つの本を共有し、全員で言葉を、物語を繋いでいく。その様にもグッとくるのだが、何より盛り上がるのが、“想定外の名優”の爆誕である。舞台上のみならず、客席にもまたとんでもない俳優が紛れているのだ! 絶妙な間合い、絶妙な声色、絶妙なインパクト…時にシリアスに、時にコミカルに、楽しみながらセリフを発する観客の存在感が、登場人物の個性を多様に彩っていく。自らの意思でそのシートを選んでいるだけあり、誰も彼もが岩井の演出に全力で応答する。

「なんでそんなにうまいの?」

「三越劇場にもっと爪痕を残して!」

矢継ぎ早に入る岩井のエールやオーダーとともに客席からも大きな歓声があがる。その歓声に背中を押されるように、セリフにさらなる抑揚を込める「お前」はもはやメインキャスト、なんなら助演俳優賞(団体)の輝き!

稽古の様子をただ見せるだけでなく、そこに観客も当事者として参加する。「本読み」の面白さと豊かさ、ひいては舞台芸術の本質と魅力をより観客へとひらくべく開発されたこの時間は、予測不可能で、かつ可能性に満ちていて、まさに「これぞライブ、これぞ演劇!」という魅力が詰まっている。

岩井はかねてより『ワレワレのモロモロ』シリーズのワークショップや公演で、舞台と客席を越境し、市民とともに演劇を創作する試みを重ねてきた。「お前も本読みシート」は、まさにそんな岩井の演劇そのものへのフラットな眼差しが込められた試みなのではないだろうか。本読みは、演劇は、誰でも、どこからでも始めることができる。そんなメッセージをも感じる一幕に、笑いながらもつい胸が熱くなるのであった。

いきなり本読み!は、やがていきなりミュージカルへ!

じーんとするのも束の間、ここからのクライマックスにかけて、まだまだ新たな展開と可能性が待ち受けているのが、この『いきなり本読み!』の恐ろし(く面白)いところである。

次なる発展は…「いきなりミュージカル」。文字通り、その演出が入った部分のセリフは歌唱でお届けする、というものだ。しかも、「お前も本読み」モードと同時に行われるため、観客の果敢な挑戦ぶりも相まって、会場は今日一番の盛り上がりを見せる。

そして、ここで改めて思い出してほしいのが、本日の出演者の顔ぶれである。そう、この布陣で織りなす「いきなりミュージカル」は、観客待望の至福のショータイムでもあるのだ。

「ここからはいきなりラップで!」

そんな無茶振りオーダーにも持ち前のリズム感と圧倒的歌唱力で席巻する出演陣。ちょっとした一言にもプレイフルにアレンジを加え、壮大な転調ラップへと変幻させていく中川の絶唱に、溢れんばかりの拍手が巻き起こる。

いきなりに次ぐいきなり、セリフと音楽の合わせ技によって、より濃密な一体感が会場に満ちる。それは、「本読み」が「ただ書かれた文字を読むだけの行為でないこと」を示す瞬間であるようにも思えた。出演者の即興力、リアクションの手札の多さがそれをたしかに伝えていた。

いきなり本読み!は、いきなり朗読劇で幕を閉じる

いよいよ物語もラストスパートへ。そんな中、岩井から今日の台本がイキウメを主宰する劇作家・前川知大による『散歩する侵略者』だったことが明かされる。

何気ない日常がSFへと侵されゆくこの戯曲は、地球を侵略しにやってきた宇宙人によって人間の持つ「概念」が少しずつ奪われていく様を描いている。実体を持たない宇宙人は人間の内部に寄生し、その意識と一体化することで侵略を果たす。つまり、「概念」を奪われ、意識が一体化してしまったその人はその人ではなくなり、同時にその人の姿形であり続けるというわけである。

“絶望がやってきた。愛する人の姿で”

そうこの作品のキャッチコピーにあるように、ラストは、宇宙人に侵略人された真治に、それでもなお真治を愛さずにはいられない鳴海が、「愛」という概念を明け渡すまでの会話が展開する。

そんな大クライマックスにかけて、今日限りのキャスト4名が読み上げた絶望と哀切の滲んだ「本読み」は、もはや「本読み」の域を越え、朗読劇そのもの実感があった。

静かに物語の終わりへと、心の深淵へと重ねられていく俳優の声に、言葉に、客席の方々からすすり泣きが聞こえる。この戯曲や公演をすでに知っている私もまた思わず胸が詰まる。目の前で発せられる言葉、“いきなり”であっても情感を絶やさないその表現力に耳目を奪われる。俳優の所業の鮮やかさに、素晴らしさに思わずため息が漏れる。

「本読み」とは、「稽古」とは、「演劇」とはなんて豊かなことなのだろう。

そして、今夜をきっかけに、この戯曲を初めて知ったという出演者や観客がいるということ。そう考えた時に、やっぱりこう思わずにはいられないのである。

『いきなり本読み!』は、いきなり繰り広げられる本読みをただ堪能するだけの上演ではない。「本を読む楽しさ」や「それを見聞きする面白さ」だけでなく、「本を知る幸せ」や「演劇と出会う喜び」もがここにはある。本が読まれることによって、この会場にいる全ての人に等しく、それぞれの手触りや温度で脳内や心中に立ち上がる風景がある。それは、やはり「演劇」という創作に、その出発点や過程に秘められた偉大な力なのではないだろうか。

そして、それを舞台と客席を横断して、こんなにも多くの人と共有できたことが私はとても大きなことだと思うのである。

終演後、劇場を後にする観客がそこかしこでこんな言葉を口にしていた。

「さすがの見ごたえがあったね」
「すごい面白い本だった」
「イキウメ、今公演やっているらしいよ」

本読みの上演であるにもかかわらず、「見ごたえ」という言葉を口にした、名前も知らぬその人に私は深く共感をする。そして、これを機にまた新たな観劇の機会が、演劇との出会いが生まれるのだとしたら、それほど豊かなことはないのではないだろうか。

「出来上がった作品を見るより、稽古場の方が絶対おもしろい!」

今回の上演を経て、私は『いきなり本読み!』という上演スタイルに込められた岩井の想いが意味する、本当のところに、その深さに触れられた気がした。

『いきなり本読み!』は、いきなり共演であり、いきなりキャストにもなり、いきなりミュージカルが起こり、いきなり朗読劇となり、そして、いきなり演劇が身近になるのだから。

そんな代わりのない上演に、体験に、今後もできるだけ多く立ち会えたらと願う。